生きる目的・本当の幸福はどこにあるか

 人間に何の為に生きているのだろうか。

これがハッキリ判らない人は犬猫と同じ程度の低い

生き方をしている人です。



されば人生における最大の問題といわなければなりません。

何といっても人間の究極の願いは苦悩をなくして

本当の幸福になりたいということに極まります。



科学も哲学も芸術も宗教も他の一切の人間の営みも、

この目的を達するために生まれました。

仏教もまたそこを出発点とし、

そして終点としています。



ブッダの求道の動機も親鸞聖人の出家の動機も

人生の苦悩からのがれたいという願いに

あったことは疑えない事実です。



そして遂にこの方々はその大目的を達成したのです。

そして苦しみと苦しみの原因と苦しみの消滅と

苦しみを滅ぼす道とを一生を通じて叫び続けてゆかれました。

それが仏教です。



だから仏教は人間にとって最も大切なものなのです。

周知のように、この世の中は苦しいことだらけで充ちています。



やがてよき世の中が作られ皆なが安楽に幸福になれるであろう

と考えていますが今の皆なの生活が幸福でないことだけは

誰もが認めています。



今の苦悩を今どうするかが大問題です。

心の弱い人達はここで

「この世はどうにもならないが死んだら極楽へゆけるのだから」

と未来を夢みて現実の苦悩を

アヘンでしびれこまそうとすします。



また真実の仏教を知らず

真実の信心を求めようとする勇気のない人は

酒や女におぼれて苦悩を誤魔化そうとしますが、

日蓮宗などの外道邪教にすがって、

はかないゴリヤクをあてにしようとします。



しかしこれらは真実の幸福を捨てた人生です。

真実の信心を求めようとしない人生は

真の幸福を自ら捨てて地獄へ突走っている姿なのです。



だからブッダも親鸞聖人も

これらの一切の迷信外道を厳しく打破せられたのです。



食るか食ないかということだけか

人生の苦悩の凡すべてではないのだし、

どうしても苦悩というものが人生につきものならば、

その苦悩につきものの解脱の道というものがない

筈がありません。



苦しければ苦しいままで

苦しみの中に無上の幸福を楽しみ

不自由なら不自由のままで

自在の自由を味える世界があるのです。

その身になるのが本当の生きる意味です。



それにはその苦しみから逃げようとしては駄目です。

誤魔化しは決して救いではないからです。



もちろん無気力な諦めでも救われません。



ブッダや親鸞聖人はこのように教えて

その苦しみの根を除くには抜苦与楽の力用をもつ

南無阿弥陀仏の名号を獲得するより外にありません。



名号は捨身の聞法によって与えられるが、

それまで勇敢に立ち向ってゆき初志貫徹するまで、

たゆまず、あくまでしりぞかずに浄土真宗の法話聴聞することが

絶対の幸福をうる唯一道だと教えられています。



「たとい三千大千世界に

 みてらん火をもすぎゆきて、

 仏の御名をきく人は、

 ながく不退にかなうなり」(親鸞聖人)





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