ホモ・サピエンスは 殺しあいが好き

「ホモ・サピエンス」とは「知恵ある人」ということである。
東大の脳研究所の時実(ときざね)利彦所長の『脳の話』の中に次のようなことが書いてある。

「…興奮と感激のるつぽに溶けこませた太陽の国メキシコのオリンピックもその幕をおろした。
「オリンピックは勝つことではなく参加することだ」
とクーベルタン男爵が教えてはいるものの、やはり祖国日本の代表は一本でも多くの日の丸をあげようと心に誓い…… 
不思議なもので、この地球上で勝負ごとをやっているのは人間だけだ。
ウサギとカメのかけくらべはフィクションである。
そして……人間の闘争は動物になく、血なまぐさい。
動物は同じ種族のなかの闘争では決して殺しあいをしないのに私たち人間は、ホモ・サピエンスという同じ種族でありながら闘争によって尊い命をおとしている……」

と述べ、さらに

「私達は人間集団を破壊から守って、集団の秩序を作るためにルールを制定し、……文明社会の法律や道徳となった。
しかし相手のある闘争は相手を常に消そうとし、逆に又脳の中には私たちの生命を保障しているいのちの座、
脳幹があってこれが相手の脳幹だけは無条件に愛惜できるのでなかろうか…」と。
 これが最近勝れた学説の一つである。

 親鸞学徒でなくても感ずるであろう。
この話によればこの頃その脳幹も大分いたんで来たようである。
とくに大学生において、十九才児において、いやいや老いも若きもみなともに…。

しかし親鸞聖人の教えをきく親鸞学徒は叫ぶであろう、
「私を含めて人類すべて脳幹はただ蛇蝎の如く人殺しで一ぱいであること」を、
「生きとし生くるものすべて殺し屋の血で脳幹は充満していることを。

 時実論でいけば、善導大師の
機の深信『一つには決定して深く「自身は現に是れ罪悪生死の凡夫、昿劫より已来常に没し常に流転して出離の縁あること無し」と信ず』と、
法の深信『二つには決定して深く「彼の阿弥陀仏の四十八願をもって衆生を摂受したまうこと疑いなく慮りなく彼の願力に乗ずれば、定んでを得」と信ず』
とが始めから同座してござることになる。

 もしそうなら、もったいなくも聖人20年の比叡の御苦労は理屈はいくら説かれても、修行をつめばと教えられても、真実の前には一点の妥協もなされなかった血みどろの屍を見せて下さるわけがなかったのではないか。

学者の唱えることの限度、信なき者の誤った愚論は、最近愈々心ある青年男女を迷わせつつあることがこんな論説一つを見てもハッキリ知らされるのである。


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