坊主と僧侶・親鸞聖人は僧侶ではない?

今日仏教の僧侶はどの宗派でも坊主と言われることを大変嫌っています。 思うに坊主と呼ばれることに名状しがたい屈辱感を覚えるからでしょう。 坊主はよいとしても坊主にかぶせる冠詞が悪いからです。 糞坊主、生臭坊主、馬鹿坊主、嘘坊主、乞食坊主、盗人坊主、我利我利坊主、ぼこぼこ坊主、三日坊主、坊主丸儲けなど、何でもかんでも悪いことのありった…
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東京砂漠に真実の法灯点さる(四聖諦)

 東京の空はどんよりと暗い「山や田園の朝」を思う私にはもう八時だというのに、何だか明けきらぬ感がした。これもスモッグのせいだろうか。  午前九時半、東京で始めての浄土真宗の御法話会場である渋谷区元代々木町の応慶会館は遠くは熊本、四国、そして千葉、神奈川、八王子市、都内各区、横浜、富山、福井、滋賀から集まった人々で満員である。 当に首…
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浄土真宗は何によって人をひきつけるか

「磁石は鉄を引きつける。何にも目には見えないけれども、見えない力が引きつける。しぜんに鉄を引き寄せる」 ──これは松下幸之助氏の言葉である。 浄土真宗は何を以って人を引きつけるか。 ──それは真実の教えであり、浄土真宗の法話の真剣な聴聞と熱意あふれる顕正の姿にあろう。 知識や能力も大事であろうが何事によらずその人の誠実あ…
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極楽は楽しそうだから行きたいと思う人は極楽に往けない

蓮如上人の『御一代記聞書』に「極楽は楽しむと聞いて参らんと願ひのぞむ人は仏にならず。弥陀をタノム人は仏になる」とありますが、これはどういう意味でしょうか。 蓮如上人がある時、「熱心に仏法を聴聞する人はあるが、他力の信心を早く獲得しようと真剣に求むる人がいない。死んだら極楽へ参って楽をしようと思って浄土真宗の法話を聴聞しているものばかり…
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聞法相続の大切なること

 我々の先覚者は最も宿善厚くなる道として、 一には骨折って聞け、 二には衣食忘れて聞け、 三には間断なく聞けと教えていられる。 いくら真剣に聴聞しても、我々の魂は無始流転のしぶとさであり、 三世の諸仏がアキレ果てたシロものであるから仲々聞いてはくれない。 されば間断なく聞けとお勧めになっている。 親鸞聖人も 「大菩提…
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妙好人Tさんの言葉

滋賀県の親鸞会で大活躍されたTさんが、見事人生究極の目的たる阿弥陀如来の救いにあわれた。 「人身受けがたし、今すでに受く、 仏法聞きがたし、今すでに聞く、 この身今生において度せずんば 更にいずれの生に向かってかこの身を度せん」 といわれるが、Tさんは人間であることの特権を最大限に生かし切り、深く後生の一大事を見つめ、真剣に仏教を聴聞…
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知られざる親鸞聖人の実像

 親鸞聖人の実像は常に隠され、聖人のみ教は常にネジ曲げられて来た。 本当の親鸞聖人の教法を開顕し全人類救済の大使命に向かって親鸞学徒は猛進している。 大衆の誤解 世間の大衆は親鸞聖人を柔和な優しい所謂、円満な人格者だと信じ込んでいる。しかしそれは、聖人の全像ではない。聖人ほど、気性のはげしい、きかん根性の強い方はなかった。 聖人の肖像…
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最悪の環境問題

「天高く馬肥ゆる秋」 デパートへゆかなければ昆虫採集?ができない現代っ子にとっては縁遠く、 一昔前の人間にとっては何か郷愁をおぼえるこの言葉、ひからびた人心からか、遠い過去のものとなった感がある。  スモッグが低くたれ込み、すさまじい騒音と車の洪水、空から海まで公害に占拠されそうな現在、かってはなかった怒りがこみあげてくる。 …
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