顕微鏡のように悪を見逃さない仏眼

顕微鏡と仏眼「一日一善、これは私の人生の教訓であり、今日まで実施してまいりました。どんな小さな善でも勧んでやることであり、やれるのです」 これは世間で「立派な人だ」と尊敬されている人の言葉である。いわゆる世間でいう人格円満、角のとれた人間の常とするところである。  ところが一方、世界の光と仰がれている親鸞聖人は「一生造悪、蛇蝎の如き心…
コメント:0

続きを読むread more

浄土真宗の掟とは

蓮如上人が『御文章』に、しばしば「掟」ということを仰言っています。また『領解文』の最後にも「この上は定めおかせらるる御掟一期をかぎり守り申すべく候」と私達は誓約しておりますが、浄土真宗の「おきて」とは、如何なることでしょうか。 このような質問を非常によく頂きます。それだけ『御文章』に親しんでいられる人が多いということで誠に結構なことで…
コメント:0

続きを読むread more

過去をふり返って

 阿弥陀仏は遠い遠い昔から何とかして私を救うてやろうと念じ続けておられます。 また善知識は「後生の一大事」をくる日もくる日も叫び続けて下さいます。 にもかかわらずこれまで虚しい過ぎ去ってしまっています。 ふり返ってみると後生の問題を軽くみて、欲望と怒りにひきずりまわされた顛倒の毎日でした。 そこに業の深さを感じ、無始よりの悪業の…
コメント:0

続きを読むread more

小欲と大欲

 どんな大きなものでもスッてみせると豪語するスリがいました。 折も折、大きな牛を引いたお百姓さんが通り過ぎた。 ニヤッと笑ったスリ、何を思ったか急に走りぬけた。 仕事帰りの百姓、道を急いでいたが、ふと道端に真新しい靴が片方落ちているのを見つけた。 しかし片方ではどうもナァ、馬鹿な奴もいるものと手もかけずに通りすぎが、やがて半道も…
コメント:0

続きを読むread more

四国で浄土真宗の法話

 何ともはや、物騒千万な世の中になったもの!! 一寸ボタンを押せばそれっきり人類の終幕という滅相なものを抱えて、不安と焦燥とにいつも根こそぎ揺さぶられている。 月世界到達だ、宇宙旅行だと空にばかり気をとられている隙に、足元が地につかず肝心の日常生活に大きな空洞ができて、人間相剋暴力肯定、殺人横行と途方もない社会様相になってきた。 …
コメント:0

続きを読むread more

阿弥陀仏に救われた思い

 来る年も来る年も、金銭を求めて苦しんでいる。 どれだけ得れば満足するのか。 名誉を追うてあせっている。 どこまで登れば安心できるのか。 財産を望み、色を漁り衣食住の満足を願って365日、狂い廻っているのが私の実相だ。 無限の欲望は一村、一国、世界にひろがってゆく。  咲き誇った花も必ず散らねばならぬ時が来るように、集め…
コメント:0

続きを読むread more

阿弥陀如来の保険

忙しい世相を反映してか、続々立ちならぶ生命保険会社。たとえ災害に遭おうが、残された家族の為にと言葉巧みに勧誘にくる。保険屋はもし最悪の事態になっても保険に入っておれば、じたばたしなくてもよいというが、それは金の上の事だけ…しかし、いざ入る段になると、第一回目の掛金後すぐ実効となる有審査(健康診断)のものが目につく。身辺には危険が多いから…
コメント:0

続きを読むread more

親鸞聖人の教えを説く人は現代にいる?

南無阿弥陀仏の六字に命をかけ、親鸞聖人の真実の教法宣布に驀進する人が現代にあるだろうか? 善知識親鸞聖人の血のにじむ真実の雄叫び、徹底した破邪顕正。幾多の非難攻撃にもめげず、直実に対しあまりにもきびしく、そしてはげしく…。そんな僧侶は現在の日本ではまったく見られんない。 親鸞聖人の教えをネジ曲げ、葬式や法事を食いものにする既成教団を…
コメント:0

続きを読むread more

人間性の回復とは(幸せとは何か)

「2020年は人間性回復の年である」と年頭に述べた会社の社長がかなり多かったと聞くが、果して本当に「人間性回復」の手立てができているのだろうか、言葉だけはあっても、その実、ないのではなかろうかと思うのである。  そんな折、正月元旦、テレビのモーニングショーで「幸せとは何か」というテーマで各界を代表する有識者が討論しておりました。人間性…
コメント:0

続きを読むread more