親鸞会で獲信の人大いに語る・歓喜の泉ここに沸く

 実りの秋に先立ち、今年は二人信心決定したという人があらわれている。
蓮如上人
「真宗の繁盛と申すは、人の多く集まり威の大なることにてはなく候。
一人なりとも人の信を取るが真宗の繁盛に候」
(御一代記聞書)と仰言る通り、まさに「浄土真宗今盛んなり」である。

 滋賀県湖北町の親鸞学徒は去る5月、人生究極の目的、信心決定を達成したという。
親鸞聖人の教えに遇ってからわずかに一年しか経てないのだから、あまりの宿善の厚さにみんな驚いている。
その裏には36年間の真面目な自己の内観がなされていたのである。

始めて「仏」を意識するようになったのは15才の時である。
お父さんから「仏に遇う」という本を与えられたのがきっかけであった。
それ以来仏法から心が離れなくなり、女学校、師範学校と進む内にも仏書が増谷さんの生活になった。
女学校の先生の中に「自然の大なる命」「純粋の探究」などについて熱心な先生の影響で純粋な生活を求める気持ちが強まり
「自己の欲望を伴わない生活」を求め、仏書を貪ぼる様に読んだ。

20才で東浅井小学校の先生となり24才で結婚。
わずか一週間で夫は召集令状がきて戦争に行き、3ヶ月で戦死の通知を受けた。
それからは子供の教育と求道に全生命を傾けて行った。
30年の教員生活の中で
「子供、いや人間は、小手先頭の先では絶対導けない。
自分には人を導く力などは微塵もないことを知らされ、だからこそ仏に導き給え、間違いなく子供を導かせ給え」
といよいよ仏をたのむ気持ちが深くなった。
 40才になった時、「法華経」に出合った。
それまでも真理の実現された世界を夢みていたが、法華経によって宇宙の真理がよりは一つきりと判ったが、同時に判っても駄目だと言うことが判った。

 そして近所の人によって浄土真宗念仏を勧められたのである。
仏法とは理屈ではなくて、総てを打ち任せることだ。
任せて導かれもっと自分を任せて行かねばならない。
と本当の帰依の意味を知った思いだった。

この頃から、手帳やノートを離さず持って歩き、石につまづいても、食事の最中でもいつでもどこでも、ハッと心に思うこと、気付いたことを、すぐにノートに書き、静かに心を見つめて行った。
そのノートは厚い大学ノート二百冊にも及んだ。
 50才の時、教員生活に終止符をうち滋賀へ帰った。
(結婚後金沢にいた)
去年七月の降誕会で初めて親鸞会の浄土真宗の法話を聞いた。
聞いている間は、何も思わなかったが、家へ帰ってから、親鸞聖人から発せられている念力と言うか威力と言うか、目に見えぬ力の為に自分の心も体もしゃんとしているのに気付いた。
その後の滋賀の聴聞は一度もかかさず、今年の六月見事に信心決定したのである。
「私の求道生活に於て最後に親鸞聖人に遇わせて頂けたことは阿弥陀仏の御導きとしか思えない、今自分がこの身にさせて頂き、皆さんも一日も早く絶対の幸福になってもらいたいと念ぜずにおれない」
と信心歓喜を語っていた。

 他にも豊橋市の46才の親鸞学徒も信心決定の喜びを語ってくれた。

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