金を埋めている人

あるケチン坊な男が自分の財産をしっかり握っていたかったので自分の持っている物全部を売り払って大きな金の塊に換えた。
それを庭先に穴を堀り、その中へ隠しておいたのである。
それから絶えずそこへ行ってはしげしげとそれを眺めていた。

ところがその事を使用人の一人が知って主人の留守の間に盗み去った。
ケチン坊は戻って、空っぽになった穴の中を見て頭の毛をかきむしって泣いた。
隣の人が途方もなく悲しんでいるケチン坊に言った。

「もうイライラせずに石を一つ取って来て、それを同じ場所へ埋めておきなさい。
そうしてそれをあんたの金の塊と思い込むんだよ。
どうせ使うつもりなんてなかったんだろうから、考え方によっては石ころだって金の塊と同じ位あんたには役に立つだろうよ」

 金というものは人間が自由に駆使すべきものである。
ところが現代人は金に扱き使われてしまって、金のために、ある時は命を落し、ある時はどんなハレンチな事もしてしまう。
もう金に使われてしまっているのである。

この話が示すように我々が金を蓄える事は、その事自体が目的ではないのであって、その金を用いて我々が幸福になるためなのである。
浄土真宗の法話仏教を聞き絶対の幸福を獲得するために大いに金を使おうではないか。



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