なぜ浄土真宗では奈良の大仏に礼拝してはいけないのか

先日、会社の人達と関西旅行にいった際、奈良の大仏に礼拝し賽銭を投げて来たことを祖母に話しましたところ
「浄土真宗の者の断じて、してはならない怖ろしいことをして来た」
と大変叱られましたが真宗では悪いことなのでしょうか。

全くあなたの祖母さまの仰言る通りです。
祖母さまは親鸞聖人の本当の御教えを、よく聞いておられる有難い方です。

親鸞聖人は『一念多念証文』という著書に、次のように書いておられます。

聖道、外道におもむきて余行を修し、余仏を念ず。
 吉日良辰をえらび、占相祭祀をこのむものなり。
 これは外道なり。
 ひとへに自力をたのむものなり

とハッキリとあなたのような行為を、きつく誡めておられます。

 キリスト教や天理教の教会、神社などの外道(仏教以外の全宗教)へ行って、
それらの邪神を礼拝したり、供養したりすることは勿論おそろしい悪でありますが、
同じ仏教でも、聖道門の仏教でもいけないと仰言っています。

 例えば、奈良の大仏や禅宗の釈迦像、道端の地蔵などに礼拝したり、
それらに賽銭を投げたりして供養する者は、全部外道の者であり、邪教徒であって
断じて浄土真宗の者ではないと仰言っていられます。
それだけではありません。

日のよしあしをいったり、占いをして吉凶をい々したり、神をまつったりする者も、
皆外道邪教を信じている者のすることであり、
断じて他力の信心を獲得している人ではないと仰言っていられます。

そして
今の行者、あやまって観音、勢至につかふることなかれ。
直に本仏を仰ぐべし
」(御伝鈔)
と仰言っています。

 これでもお判りになるように、
「弥陀一仏以外には、向くな、念ずるな、礼拝するな、供養してはならぬ、
 これを犯す者は、みな外道だ。他力の信心の判らぬ者だ」

と、きびしく教えられたのが、わが親鸞聖人でありました。

 それにもかかわらず真宗人の現状はどうでしょうか。
四国へ行って八十八ケ所へ参って来たとか、コンピラヘ参って来たとか、得々として喋っている者もいる仕末です。
高野山へ参って来て有難かったとか、
京都の清水寺へ参って来たとか、
どこどこの観音さまへ参って、
これだけ賽銭をあげて来たとか、
平気でいうている者がいますが全く言語断道の限りです。

 無知程怖ろしいものはありません。
おそろしい外道や邪教に迷うて無間地獄へ直行していることを知らないのです。

 神や仏なら皆んな同じものだろう位に考えている人達で
親鸞聖人の教えが何にもわかっていない人達なのです。

 あなたも知らなかったとはいえ、大変おそろしいことを平気でやって来られたことが、
これでお判りになったことと思います。

今後二度と、このようなことのない様に気をつけ、
早く真実の仏法を聞信して信心決定の大幸福者になって下さい。
そして一人でも多くの人々に親鸞聖人の真実の仏法を伝えて下さい。
あなたはよい祖母さんを持たれたことを有難く感謝せられねばなりません。

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