なぜ親殺しより法ぼう罪が重いのか

仏教では、親を殺す五逆罪よりも、仏教を謗る法謗罪の方が、より重罪だといわれますが、どうも私には腑におちません。
なぜでしょうか?

御不審まことにごもっとものことと思います。
 世間一般では親を殺す(仏教ではこれを五逆罪といいます)ことは、
いわゆる尊属殺人としてかつて最も重い罪だということは常識になっているからです。
その点、仏教でも世俗的な罪悪の中では五逆罪を最も重罪と教えられています。

しかし、仏教では、その五逆罪よりも、もっとおそろしい大罪が法謗罪だと教えています。

法謗罪といいますのは真実の仏教を破壊しネヂ曲げ、謗る罪をいいます。
 なぜ仏教を破壊しネジ曲げ謗ることがそんなに大罪なのかと申しますと、
仏教は全人類の幸福になる唯一つの道を教えているものだからです。
いつでもどこでもすべての人々は不幸を厭い、幸福を求めて必死に生きております。
そのすべての人々の生きる究極の目的を達成できる、
たった一つの方法を教えているのが真実の仏教なのです。

 それは釈尊一代の教説を知れば明白なことですが、聖徳太子は、それを
「仏教は四生の終帰、万国の極宗なり」
と喝破されたことは余りにも有名なことです。

これは生あるものすべては、最後は仏教に来なければ絶対に助からないということであり、
故に全人類が信奉しなければならぬ唯一無二の教法だということです。

 これを親鸞聖人は
「唯仏一道、清くます」
と道破しておられますし、これを
「その他には何れの法を信ずというとも助かるということあるべからず」
「末代の凡夫、助かる道二も三も有るべからざるものなり」
と明言なされたのは蓮如上人でありました。

 かかる全人類が地獄へ沈むか、絶対の幸福に生きるかという、
すべての人々の運命のかかっている唯一無二の尊法が仏教だということが真に理解できれば、
その唯一無二の尊法を破壊しねじ曲げ、そしることは、
直ちに全人類を不幸に追いやり地獄へ突き堕す結果になりますから
原爆や水爆で無辜の大衆を殺りくする位の罪でないことは明白なことでしょう。

 仏教を破壊しねじ曲げ謗ることのおそろしさは、
真実の仏法の尊さ大事さがより深く知らされるにつれて知らされて来ることなのです。
まず、真実の仏教の教えを信知することが五逆罪よりおそろしい大罪が
法謗罪であることに驚かされる前提条件であります。

これを機縁に真実の仏法に直入して頂きたいと念じ上げます。

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