なぜ浄土真宗の中で法論が起きるのか

同じ浄土真宗でありながら、派が分かれ、教義論争が起きたりもしています。
和気あいあいでお互い手を取り合って
親鸞聖人の教えを明らかにすることはできないのでしょうか。

そういう意見も一応ごもっともなことに思われますが、
現在の本願寺はじめ真宗十派がいかに親鸞聖人や蓮如上人の教えに反し、
浄土真宗の教えと異なるかを知らないから言えることです。

 現今の本願寺は成程、名前は浄土真宗であり親鸞聖人を祖師と仰ぎ、
蓮如上人を中興上人と讃えて『正信偈』や『御文章』を拝読している点は
浄土真宗のようですが、
そのやっていることや、教えていることには大変な相異があります。

例えば、本願寺等は宗教にとって、
特に仏法にとって最も大切な御本尊について
親鸞聖人や蓮如上人の御教示に反しています。

 浄土真宗の御本尊は親鸞聖人は御名号と定められています。
『蓮如上人御一代聞書』には
「他流では名号よりも絵像、絵像よりも木像というなり。
真宗に於ては木像よりも絵像、絵像よりも名号というなり」
と分かりやすく教えられている通りです。

 ところが現今の本願寺等は木像を本尊として
親鸞蓮如両聖人の御教示に違反して、
真実の仏法の判らぬ他流の者達の好む本尊を安置しているのですから、
すでに本願寺等は浄土真宗ではないのです。

 もし、木像でも絵像でも名号でも、みんな同じもので、
そんなものどちらでもよいではないかと横車を押されるのならば
両聖人の教えはナンセンスとなります。
意味がなくなるばかりではなく冒涜になります。

 仏法にとって最も大切な事柄の一つである御本尊についてさえ、
このように公然と親鸞聖人や蓮如上人の御教示を破壊している本願寺を
どうして浄土真宗といえるでしょう。
間違いなく他流ではありませんか。

 この悲しい現状を眺めると真摯な浄土真宗の門徒なら、
なぜ本願寺は親鸞、蓮如上人の御教示通りにしないのかと
思わずにおれないのです。

例えば、浄土真宗の本尊は木像や絵像?という記事に詳しく出ています。

みんな何とか本当の浄土真宗になって貰いたい。
そしてお互い手をとり合って真実の教法を開顕したいと念じていますが、
本願寺では、御名号本尊を主張する者を非難攻撃しています。

浄土真宗の教えを曲げて行くよりも、
御本尊くらい重要なところで意見が違うのなら、
そこは正々堂々と論じて、
正しい浄土真宗の教えを明らかにして伝えたほうがいいでしょう。

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