不撓不屈の小野田寛郎さん

グアム島で発見された横井庄一さんが最後ではなかった。
今度はフイリピンのルバング島で元日本兵が見つかった。
小塚金七さんは不幸にして“戦死”したが傷つきながらも再びジャングルヘ逃げかえった
小野田寛郎さんは大がかりの捜索に何の反応も示さない。

小塚さんの遺品などからも戦争のおわったことは先刻承知のはず、
昼夜をとおしての肉親、戦友、当局の必死の救出よびかけにも応ぜず、
なぜ一人戦後をこばみ、かたくなに沈黙をまもっていたのだろうか。

母親に交した最後の言葉が
「たとえ戦死の通知があっても信用するな、僕は必ず生きて帰ってくるから二十年間は葬式を出さないでくれ」だったとか
「呼びかけも投降ビラも小野田少尉にとっては相手をたぶらかす作戦と訓練された」
元陸軍中野学校の特務学校であったことがそうさせているのだろうか。

一人になった今、病気になった時の死の恐怖、
すぐそこまで迎えにきている肉親への情愛になりふりかまわず姿を現わしたい衝動をもこらえ(?)
戦後二十七年諜報任務を遂行しなければならない理由をどこに認めているのかは知る由もないが事の是非は別として、
まさに死を賭しての使命感には頭がさがる。
1974年にようやく元上官の命令で戦闘状態を解除して投稿した。

それにひきかえ、合理主義の名のもとに、とかく御都合主義に走りやすい今日、
浄土真宗の教えを伝える親鸞学徒の聖使命に命を賭している者がどれくらいいるのだろうか。

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