親鸞会が本願寺を非難攻撃する理由

親鸞会が本願寺を非難攻撃するのは本願寺が
浄土真宗の祖師、親鸞聖人の御教えをねじ曲げ破壊して
有縁の人々を無間の火城に突き堕しているからに外なりません。

その具体的実態を種々指摘して参りましたが、
更に糾弾しなければならぬ幾多の大切な問題があります。

 そもそも親鸞聖人覚如上人、蓮如上人の御相伝なされた
唯一絶対の教法は信心正因、唯信独達の法門であることは天下周知の事実であります。
これは阿弥陀仏の絶対の救いは、我らが信心決定するか否かの一事にかかっているのだから
「一日も片時も急いで信心決定せよ」
というお勧めであります。

 聖人34才の御時、法然上人のお弟子380余人を相手に信行両座の諍論をなされたのも、
阿弥陀仏の御約束は、念仏を称えたから救うというものではなく、
信ずる者を救うという誓願であることを明らかにせられたものでありました。

 しかも380余人の殆んどは称名念仏によってこそ救われるのだと
弥陀の本願を誤信して念仏に力を入れていた人達ばかりでした。
その大変な危険な間違いを指摘し勇敢にそれを破邪せられたのが
信の座に入られた我が親鸞聖人でありました。

南無阿弥陀仏の南もいわない先に金剛の真心が徹到した一念に
絶対の幸福に救い給うのが阿弥陀仏の本願であることを明示なされ、
一刻も早く信心決定することをお勧めになりました。

 念仏は救われた後のお礼の言葉でありますから
信心決定した上にはねてもさめても称えよとお勧めになったのであります。

 かかる明らかな親鸞聖人のみ教えをそのまま伝えられた蓮如上人は
「あわれあわれ存命のうちに、みなみな信心決定あれかしと、朝夕思ひはんべり」
と御遺言なさいました。
「蓮如の終日思い続け、叫び続けていることは、ただ一つ、みんなの人々が早く信心決定して貰いたいという一事である」
と断言なされています。

 これは親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人の御一生を貫く浄土真宗の唯一のみ教であります。

 ところで現今の本願寺の教えはどうなっているでしょうか。
早朝のラジオの東西本願寺の時間にはどんな話がなされているでしょうか。
また本願寺の布教使で
「早く信心決定せよ」
「仏法を聞く目的はただ信心決定するという一事である」
「信心決定するとはこんなことをいうのだ」
「信前と信後はこのように変るのだ」
と勧めている人がいるでしょうか。

 龍谷大学や大谷大学四年在学中にも信心決定という言葉は、
ただの一度も聞いたことがないという者ばかり。
口さえ開けば
「尊いお念仏称えましょう」
「念仏生活しましょう」
「念仏相続こそ肝要」
「合掌の生活をしましょう」
「拝み合いの生活が大切」
甚しいのに至っては
「公害問題と取りくむことこそ大切」
などと脱線のし放題で
「信心決定せよ」
の教えは聞かれません。

 これではもう親鸞聖人のみ教えではありません。
蓮如上人の教法ではありません。
浄土真宗ではないのです。

 念仏念仏と勧めて木魚叩いて称名念仏に力を入れるのは、
親鸞聖人が
「定散の自心に迷うて金剛の真信に昏し」
と破邪なされた浄土宗の輩であって断じて浄土真宗ではありません。

 先述の通り、すでに御本尊さえ浄土宗のものにすり変えた恥知らずの本願寺は、
その教えることまで完全に浄土宗の邪宗になってしまっています。

 この悲しい現状を見て
親鸞会はなぜ親鸞聖人や蓮如上人の御教えを説かないのか。
早く目ざめてほしいと念じつづけ、
叫びつづけているのです。


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