親鸞会と本願寺と手を結べない理由

親鸞会の先生はもともと西本願寺に属していられた人だと聞きます。
なぜ自ら本願寺をとび出されたのでしょうか。
本願寺の中にいて浄土真宗の興隆の為に御活躍下されれば良かったと思いますが。


私も仏智の不思議に生かされた当初は、そのような方針で燃える気持を持ってでき得る限りの努力をしたつもりですが、結局それは労多くして成果なしということに気がつきました。
老朽な大船の底に大穴がボコボコあき怒涛のような浸水に見舞れた船は一人や二人の船員がいかに必死になって浸水をくい止めようとしても所詮無駄な抵抗にしかなりません。
特にこの場合、船が大きければ大きい程、この危機を救い得ることは絶望的であります。

 しかし私も最初は大恩にあずかった船ですから全力あげて浸水に立ち向いましたが、体験を通して知らされたことは、ただ絶望のみでありました。
それどころかこのままでは沈没する時にできる巨大な渦の為に自他共に巻き込まれ、如来聖人さまに対して申し訳がないことになる。
この危機をどうすればよいのか。
如来聖人の洪恩に如何に報ずべきかと熟慮致しました。

 あなたも御承知のように古往今来東西にわたっても教団変革など成就した例はただの一度もありません。
教団内にあって、造反、変革、真実の気勢をあげる位なら、その同じエネルギーとファイトを新しい自由教会造りに費した方がずっとましであると気がつきました。

 そこで私は一刻も早く朽ち果てた老船を捨て離れ、新しい船を建造し老船の中で右往左往している人々や生死の苦海に溺れている人達に救いの手をさしのべねばならないと決心致しました。
若い世代や心ある現代人に見捨てられた現今の本願寺は沈没寸前の老朽船です。
それどころか親鸞聖人や蓮如上人のみ教をねじ曲げ真実の仏法を破壊している本願寺の老船は速かに爆沈すべきです。

 これこそ
「如来大悲の恩徳は、身を粉にしても報ずべし、師主知識の恩徳も骨を砕きても謝すべし」
恩徳讃の心に燃ゆる信心の行者の心意気でなければならないと確信しております。

 微意あるところをおくみとり下されれば幸甚です。

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