親鸞会非難文書出回る

 全人類の救われる唯一絶対の阿弥陀仏の御本願が大聖釈尊によって説かれてから二千六百年。
その仏意は七高僧から親鸞聖人、覚如、蓮如上人によって厳正に伝持されて来た。
といってもそれは決して安易なものではなかった。
 常に真実に対立し、仏意をねじ曲げる仏敵法敵との熾烈な戦いの連続であった。
 それは「釈迦に提婆、聖人に弁円、蓮如上人に三井寺あり」で真実を開顕する者の絶対に避けられない宿命のようなものである。
 親鸞会の歴史も、それら非難中傷攻撃に対する破邪顕正の連続であった。近時特に本願寺を筆頭にそれは熾盛になって来たのである。

 その氷山の一角として最近「浄土真宗親鸞会の組織と活動」と題する小冊子が発刊され、世に出回った。
 主に本願寺の末寺住職等に配布されたようであるが、発行所も発行責任者も著者の氏名も記されていないという世にも不思議なパンフレットである。

 だが結びの文に「今後とも門信徒の中に於て信仰上の迷いの生じぬよう御指導下さいますようお願い申し上げます」
とあるところを見れば、本願寺、或は、末寺住職を指導する立場にいる者の仕業に間違いない。

 それには高森先生の経歴や親鸞会の組織と活動状況、浄土真宗の教義上の問題等について無責任極まることが記されているので、この際その内容を紹介すると同時にことの黒白を世に問うものである。
 まずいかにデタラメな文書であるかという証拠を二、三摘出してみよう。
『高森顕徹は西本願寺に於いて昭和二十年三月三十一日に得度している』
と記されている。
 皆さん衆知の通り高森先生は十六才で志願兵として今度の第二次大戦に従軍され、敗戦の年の昭和二十年九月に復員なされている。その高森先生が戦争の真最中の昭和二十年三月三十一日頃は茨城県の筑波航空隊に御勤務中であり、どうして本願寺などで得度を受けられることが出来ようか。全く笑止千方のことである。
 この外、悪意に充ちた中傷文の連続であるが、これでは発行所も発行責任者も著者の氏名も明かせぬ筈である。
追究されたら完全にお手あげである。
 辻斬強盗どころかコソ泥にもならぬ所業で、あわれというも愚かなりといわねばなるまい。
 我々は地獄めぐりをするダンテと共に
「謗りもなく 誉もなく 死の望みだになき」彼らを
「語るに足らず、ただ見て過ぎよ」
と言えばよいが、断じて見のがすことの出来ぬ一事は、教義上の非難である。

そして親鸞聖人の教義安心についての非難攻撃は断じてこれを許すことはできない。
 親鸞聖人の教義安心については左のような非難中傷をしている。

(一)本尊
 木像、絵像を遮せぬ、六字名号中心であらねばならぬと、会館の宮殿にも六字名号を安置している。
 又、会員の中でも仏壇から木像、絵像を除き、名号を安置している。

 まず宗教、仏教に於て最も大切な御本尊について親鸞聖人の御名号本尊を非難し木像を本尊としている本願寺や末寺が正しいのだといわんばかりの中傷をしている。
果して浄土真宗の正しい御本尊は御名号なのか、木像なのか一体、彼らは
「他流には名号よりは絵像絵像よりは木像というなり。真宗には木像よりは絵像、絵像よりは名号というなり」
の蓮如上人の御教示を知っているのであろうか?

 親鸞聖人の教え以外、絶対に教えられなかった蓮如上人である。
蓮如上人の御教示の通り、浄土真宗の正しい御本尊は御名号であることは明々白々のところである。
 ところが現今の本願寺等は真実の仏法をネジ曲げて他流の者達の好む木像を本尊として
公然と親鸞聖人や蓮如上人の御教示に違反しているのだから、すでに本願寺等は浄土真宗ではないのである。
 それどころか盗人たけだけしく親鸞聖人や蓮如上人の御教示の通り、御名号を本尊としている親鸞会を攻撃し、
罵倒しているのだから呆れるではないか。

ここに至って末法も極まれりと云わざるを得ない。
以下の記事に分かり易く解説されている。

浄土真宗の正しい御本尊

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