非難文書についてハッキリしない信心獲得があるのか?

非難文書に 「高森自身が表面では『一念覚知』を主張しないと云っているが、著書、法話の中で度々『火にさわったようなハッキリしたものが、信心決定、あるいは信心獲得という体験』と云い、『一念覚知』を主張している」 という非難だ。 浄土真宗の僧侶がよくもこんな恥知らずな事が書けたものだ。  自己の無安心、不決定を白日に晒したのだが、…
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親鸞会非難文書出回る

 全人類の救われる唯一絶対の阿弥陀仏の御本願が大聖釈尊によって説かれてから二千六百年。 その仏意は七高僧から親鸞聖人、覚如、蓮如上人によって厳正に伝持されて来た。 といってもそれは決して安易なものではなかった。  常に真実に対立し、仏意をねじ曲げる仏敵法敵との熾烈な戦いの連続であった。  それは「釈迦に提婆、聖人に弁円、蓮如上人…
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生首の説法

うだるような暑さが去ると一斉に茅蜩が鳴き出した。 女房達は夕餉の仕度を始めたのであろう、どこの家からも煙が立ち始めた。 源右ヱ門の妻、絹も小鮎の煮つけとめずらしく酒の仕度をして夫と一人息子の源兵衛の帰りを待っていた 「おばさん」 円いよく動く目が遠慮がちに戸口から覗いた。 「ああ菊ちゃんかい、お入り」 「ええ」 「あれ…
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生首の説法

「たいへんだ上人様ーっ」 「比叡山の犬神人共が押し寄せてきたぞーっ」 まだ誰一人として朝の眠りから醒め切らぬ京都大谷の本願寺に突如悲鳴と門を破壊する音とがしじまを破った。  寛正六年正月十一日の未明、本願寺第八代蓮如上人の御時になって七年目のことである。 当初の本願寺は親鸞聖人御入滅後、聖人の一番末の御息女覚信尼始め関東の同…
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親鸞会と本願寺と手を結べない理由

親鸞会の先生はもともと西本願寺に属していられた人だと聞きます。 なぜ自ら本願寺をとび出されたのでしょうか。 本願寺の中にいて浄土真宗の興隆の為に御活躍下されれば良かったと思いますが。 私も仏智の不思議に生かされた当初は、そのような方針で燃える気持を持ってでき得る限りの努力をしたつもりですが、結局それは労多くして成果なしとい…
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「仕事を止めて仏法を聞け」とは何ごとか

蓮如上人は「世間の仕事を止めて仏法を聞け」 と仰言ったとききましたが本当でしょうか。 もし事実なら、はなはだ無理なことではなかろうかと思われます。 確かに蓮如上人は『御一代記聞書』の中に 「仏法には世間の隙を闕きて聞くべし。 世間の隙をあけて法を聞くべきように思うこと浅ましきことなり」 と仰言ってあります。 仏法で…
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