テーマ:他力信心

親鸞会と本願寺どちらが真実の信心を伝えている?

前回は破格の浄土真宗ニュースを発行して、親鸞会と本願寺、いづれが真実の他力信心か、その黒白を天下に公開した。 早速各方面から激励、感謝の言葉や批判、非難の声がどんどん届いた。分かる人には千金の重みあるニュースだが、判らぬ人には反古同然であろう。ネコに小判か、ブタの鼻先に真珠の類いである。 「なんと品の悪いニュースだ」という人もあった…
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信心と悪業煩悩との関係はある・ない

信後は煩悩執着が大いに減退するのではないか 「煩悩や身口意の三業で造る悪業は減りも増しもしません」 とありますが私の体験では熾烈な煩悩執着もお念仏で大いに減退します。 煩悩ある故に苦しみまた、病気にもなります。 信心決定すれば信前の心と大いに変り、しかも悪業も大いに減ります。 また左様でなくては社会的にも浄土真宗は何の価値もあ…
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念仏の分類を聞いて続々と親鸞学徒が増えている

3月19日福井県武生での浄土真宗の御法話。この日は朝から暖かい陽ざしであった。バスを借り切っての心使いで、家の中は超満員の法座であった。まだ親鸞学徒でない人が多かったので、昼の時間にみんなによびかけたところ、続々親鸞学徒になられる。今後の福井の発展ぶりが伺えた。  3月13日福井県大野市での浄土真宗の御法座。3月とはいえ、雪の降る中を…
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極楽は楽しそうだから行きたいと思う人は極楽に往けない

蓮如上人の『御一代記聞書』に「極楽は楽しむと聞いて参らんと願ひのぞむ人は仏にならず。弥陀をタノム人は仏になる」とありますが、これはどういう意味でしょうか。 蓮如上人がある時、「熱心に仏法を聴聞する人はあるが、他力の信心を早く獲得しようと真剣に求むる人がいない。死んだら極楽へ参って楽をしようと思って浄土真宗の法話を聴聞しているものばかり…
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歎異抄の解説スタート

歎異抄(たんいしょう)を知らずして仏法を語ることなかれといってもオーバーでない位に歎異抄が愛読され、話され、また数えきれない位に解説書が本屋の店頭を賑わしている。 しかし歎異抄は非常な名文であることと、他力信心の極地をあらわしたものである為、あぶない箇所が多く、カミソリ聖教といわれ蓮如上人は信仰の浅い者の為にはこれを読ませてはいけない…
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新解明・他力信心のすがた

 他力信心を具体的に説明せよという質問はよくあると思います。 いかにも他力の信心は、ハッキリした世界ですが、いくらハッキリした驚天動地の世界ではあっても、精神界のことですから、親鸞聖人が『正信偈』に「他力信心を得るということは卑提希夫人と同じように三忍を獲ることをいう」とお答えになっているようにしかお答えできません。 聖人は、他力の…
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浄土真宗が学べるウェブサイトが出現

これまで、真宗十派をはじめとする浄土真宗の伝統教団では、浄土真宗の教えの内容を学びたいと思っても、教えについてはインターネット上で学べるウェブサイトは存在しなかった。 どの浄土真宗の宗派も、どの公式サイトを見ても、歴史や制度、儀式の案内ばかりで、教えの内容を記載しているところはほとんどなかった。 また、記載していても、小話が幾つか順…
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大型化と真実化

この頃役所、会社などがやたらにデラックス化し大型化してきた。 昔は役場といえば、実直な係りが小型の窓からしょぼしょぼと村民の相手をしていたのに、この頃は、デーンとかまえた係官がどなりつけるようにものをいい、時間がくれば、市民が来ようがおかまいなしにピシャリ閉店。 役所だけかと思うと、お寺もデラックス化している。 それも変なとこ…
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他力本願とはどんなことか

弥陀の大願力のみを指す 他人や自然の力ではない私は、仏教は大切なものだとは思っていますが、他力の仏教はきらいです。他の力にすがらねば生きてゆけないような無気力な宗教は我々青年の意気をそぐものではないでしょうか。しかし、先生のたくましさを見ると他力とはどんなものか判らなくなってしまいます。他力本願とは一体どんなことをいうのでしょうか。 …
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