テーマ:本願寺

法論と法難と

 その昔三日二夜を通して時の主上の面前で法然上人が、 浄土門の主張、衆生の根気、念仏の限りない御力を論じ尽されたといわれる大原問答は 今に人々に語り伝えられ、いいつがれている事は余りにも有名なことである。 いかに三塔の修業者も聖道門の専門家も、そこを通り越して、遂に撰択本願念仏の真髄にふれ、 凡機のまま救われた法然上人には火…
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浄土真宗で法論が起きる理由(本願寺)

前々回の記事で、浄土真宗で法論が起きる一つの理由として 東西本願寺はじめ真宗十派は、 親鸞聖人や蓮如上人が御明示なされた御名号を御本尊とせず、 他流の者が好む木像を本尊として、公然と両聖人の御教示に違反し、 浄土真宗の教法をねじ曲げ破壊しているからだ ということを明らかにいたしました。  次に重大な本願寺の人々のあやまち…
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なぜ浄土真宗の中で法論が起きるのか

同じ浄土真宗でありながら、派が分かれ、教義論争が起きたりもしています。 和気あいあいでお互い手を取り合って 親鸞聖人の教えを明らかにすることはできないのでしょうか。 そういう意見も一応ごもっともなことに思われますが、 現在の本願寺はじめ真宗十派がいかに親鸞聖人や蓮如上人の教えに反し、 浄土真宗の教えと異なるかを知らないから…
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親鸞会との法論に破れた本願寺の僧侶の所信表明

 先日、親鸞会青年部親鸞会の講師と西本願寺輔教との間に 1信心決定したら本人にハッキリ自覚出来るのか、出来ないのか 2信心決定した後も雑行雑修することがあるのか、ないのかなどの法論がなされ、 本願寺の僧侶は親鸞会の講師の質問糾明に解答できないまま現在に至っている。 ところがその後、本願寺の僧侶が教務所に於て 親鸞会との法論…
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親鸞会と本願寺どちらが真実の信心を伝えている?

前回は破格の浄土真宗ニュースを発行して、親鸞会と本願寺、いづれが真実の他力信心か、その黒白を天下に公開した。 早速各方面から激励、感謝の言葉や批判、非難の声がどんどん届いた。分かる人には千金の重みあるニュースだが、判らぬ人には反古同然であろう。ネコに小判か、ブタの鼻先に真珠の類いである。 「なんと品の悪いニュースだ」という人もあった…
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信心獲得しても分からない人もあるのか?(本願寺vs親鸞会)

本願寺の輔教の学階を持つ僧侶が、「真実の他力の信心を獲得している人でも、自分が信心を獲得しているということが判る人もある。判らぬ人もある。信心決定しておっても凡ての者が信心決定しておることを、自覚出来るものではない」と言ったので、親鸞会の講師が、このように質問した。 貴方は「他力の信心を獲得した人には、どんな人に必ず、二種深信が立つ。…
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本願寺VS親鸞会

「親鸞会は異安心だ」の西本願寺の僧侶の一言に端を発して、法論が行われている。 回を重ねる度に邪義が露呈、論点が信心の核心にふれるだけにこの法論は浄土真宗の歴史的な一大法戦となり、 長期化の様相を呈してきた。 本願寺VS親鸞会 浄土真宗ニュースではこれを大きく取りあげ、細大もらさず顛末を発表、世に問うこととなった。 幾多の法…
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浄土真宗の教えが一番よく分かるサイト

インターネットで浄土真宗の教えを学ぼうと思ったら、普通は、西本願寺とか東本願寺の公式サイトが一番正しいと思ってしまいます。 歴史が長いし、権威があるし、大学もあるので、正しいことが学べると思います。 ところが、実際には、大したことは書かれていませんし、書いてあることは難しいことばかりなので もともと浄土真宗の教えを知っていれば…
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器を変えても泥水は泥水

 泥水はどんな器に移しても浄水にはならない。 濾過器を通さぬ限りは泥水である。 昔、東本願寺では星谷慶縁師を新宗務総長に選んだ。 星谷師は就任にあたり 「親鸞教学の確立と組織・制度の近代化」 を謳っていたが、所詮は三森前宗務総長から星谷師に器が代っただけの事。 本願寺に充満する泥水は一向に浄化されるはずがない。 「…
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真宗を死の商人から護れ

商人の鉄則  たとえそれが一介の行商人であろうと老舗の主人であろうと、いや老舗であればある程、商人といわれる人は食物であれば調理の仕方、食べ方、或いは道具であれば使い方、機能をマスターして商いをする。 信用を重んじる店ほど上手な使い方を教えて売ってくれるものである。  真実の仏法を伝える者にとっては、仮にこれを商売とするな…
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日本通史に出てくる浄土真宗の親鸞会

『日本通史』という日本の歴史を21冊にまとめた本があります。その時、富山大学の学長が親鸞会を取材しました。 親鸞会と本願寺で法論が何度もあったので両方を取材しています。 富山大学の教授が1年間、親鸞会へ通って浄土真宗の法話を聴聞しました。その後、本願寺にいきましたが、門前払いでした。 小沢教授たちの資料によれば、親鸞会はすべての資…
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仏教は何のためにあるのか

本願寺の責任といえばそれまでであるが、仏教を誤解して葬儀などの死人のものとしている者が世間には余りにも多い。 だから私は仏法をことさら求めなくてもよい。人よりは真面目な生活を送っているし、誰とも仲良く、ケンカ争いもしない、又家庭も円満におさまっているからたとえ死んでもそんな悪いところへは行かんだろうという人をよくみかける。  しかし法…
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