テーマ:聴聞

火の如き執念を持て

元横綱若乃花は 「稽古をする者としない者は、はいている下駄を見れば一目で判る」 と言うが、相撲の稽古では足の親指に力が入る。 それが習慣となって、下駄をはいても親指に力が入るから、その部分がへこんでくるのである。 又「タタミの上も土の上も同じ」 であり、「使い走りも稽古のうち」であると若乃花は断言するが、その言い方に徹底し…
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仏教は出て聞け?

昔の人はこう言っていました。 無宿善の機(助からん人)A「仏法もトタン屋根の雨みたいになったらいいんだがな」B「つまりどういうこと?」A「家の中に居ても聞けるということさ」古人いわく──仏法と萱屋根の雨は出て聞け── ところが最近は、ユーチューブなどで、家でも浄土真宗の法話が聴聞できるようになってきています。 例えばこんな仏願の生…
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親鸞会で獲信の人大いに語る・歓喜の泉ここに沸く

 実りの秋に先立ち、今年は二人信心決定したという人があらわれている。蓮如上人も「真宗の繁盛と申すは、人の多く集まり威の大なることにてはなく候。一人なりとも人の信を取るが真宗の繁盛に候」(御一代記聞書)と仰言る通り、まさに「浄土真宗今盛んなり」である。  滋賀県湖北町の親鸞学徒は去る5月、人生究極の目的、信心決定を達成したという。親鸞聖…
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正しい仏教の先生(善知識)を選び求めることの重要性

 いかに厚い宿善があっても教え導いて下される知識に遇わなければ、仏教を聞くことはできない。知識とは、仏教で、仏教の先生のことを知識という。ところが仏法を我々に説き聞かせてくれる知識に、善知識と悪知識のあることをブッダは教えられ、悪知識を捨て善知識について聞法精進しなければ助からぬことを警告された。 これを親鸞聖人は『愚禿鈔』下巻に「善知…
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小欲と大欲

 どんな大きなものでもスッてみせると豪語するスリがいました。 折も折、大きな牛を引いたお百姓さんが通り過ぎた。 ニヤッと笑ったスリ、何を思ったか急に走りぬけた。 仕事帰りの百姓、道を急いでいたが、ふと道端に真新しい靴が片方落ちているのを見つけた。 しかし片方ではどうもナァ、馬鹿な奴もいるものと手もかけずに通りすぎが、やがて半道も…
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阿弥陀如来の保険

忙しい世相を反映してか、続々立ちならぶ生命保険会社。たとえ災害に遭おうが、残された家族の為にと言葉巧みに勧誘にくる。保険屋はもし最悪の事態になっても保険に入っておれば、じたばたしなくてもよいというが、それは金の上の事だけ…しかし、いざ入る段になると、第一回目の掛金後すぐ実効となる有審査(健康診断)のものが目につく。身辺には危険が多いから…
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親鸞聖人の教えを説く人は現代にいる?

南無阿弥陀仏の六字に命をかけ、親鸞聖人の真実の教法宣布に驀進する人が現代にあるだろうか? 善知識親鸞聖人の血のにじむ真実の雄叫び、徹底した破邪顕正。幾多の非難攻撃にもめげず、直実に対しあまりにもきびしく、そしてはげしく…。そんな僧侶は現在の日本ではまったく見られんない。 親鸞聖人の教えをネジ曲げ、葬式や法事を食いものにする既成教団を…
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聞法相続の大切なること

 我々の先覚者は最も宿善厚くなる道として、 一には骨折って聞け、 二には衣食忘れて聞け、 三には間断なく聞けと教えていられる。 いくら真剣に聴聞しても、我々の魂は無始流転のしぶとさであり、 三世の諸仏がアキレ果てたシロものであるから仲々聞いてはくれない。 されば間断なく聞けとお勧めになっている。 親鸞聖人も 「大菩提…
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聞即信とはどういうことか

浄土真宗の御法話に、よく聞即信という言葉が使用されますがどんなことでしょうか。  お尋ねの聞即信という言葉は阿弥陀仏が我々を絶対の幸福に救済して下される時のことを表わす言葉で、浄土真宗にとっては大変大切な言葉です 阿弥陀仏のお誓いは「聞其名号信心歓喜」とありますように、聞いて信ずる者を助けるという御約束ですから、聞くということが…
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真剣な聴聞 からだにかけず心にかけよ

 聴聞にまさる宿善はないといわれる。 しかしただ浄土真宗の法話に連なってさえいればよいというものではない。 どのような心で聴聞すればよいのか我々の先覚は、 衣食忘れて聞けと端的に教えている。 服装に心をかけたり、食事のことに気がかかっているようでは真剣な聴聞とはいえない。  子供が学校からの帰途、交通事故にあって何々病院へ…
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仏法の重さが知らされるまで苦労して求めよ

「いたずらに過ぐる月日は多けれど法を求むる時ぞ少なき」 我々が阿弥陀仏の救済にあずかる第一条件は宿善である。宿善がなければ絶対他力大信心を獲得することはできない。病気になれば医者まかせ、車に乗れば運転手まかせというように後生の一大事の助かるかどうかはひとえにこの宿善の有無によって決する。  されば宿善は待つに非ず、求むるものなりと親鸞…
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信心決定して大いに笑って愉快に暮そう

笑いは人間の特権です。 昔から「笑う門には福来る」といわれます。アメリカのカーネギーは「ほほ笑みは人間が持つ、独特の自己表現法である。この貴い天の賜ものを正しく活用することは、人間のもっている一大特権である」と喝破しています。 そういえば、サルほど人間に近い動物はいないがサル笑いの事実はありません。猫も笑わないし、牛も笑いません。馬はち…
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他力本願とはどんなことか

弥陀の大願力のみを指す 他人や自然の力ではない私は、仏教は大切なものだとは思っていますが、他力の仏教はきらいです。他の力にすがらねば生きてゆけないような無気力な宗教は我々青年の意気をそぐものではないでしょうか。しかし、先生のたくましさを見ると他力とはどんなものか判らなくなってしまいます。他力本願とは一体どんなことをいうのでしょうか。 …
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私は仏教の講師になります!

先生始めて、お便りさせて頂きます。 私が先生にお会いさせて頂いてから早や一年たちました。 一年間虚しく無意味に過して来たことが残念でなりません。 今やっと目のさめた思いです。 今は教学試験を受けるべく一生懸命に浄土真宗の法話を聴聞し、頑張っております。 それでこれから何年後になっても仏教の講師とならせて頂き真実の仏法一筋に生き…
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一大事に気づく人一人でも浄土真宗の大繁昌

見てこぬ浄土がハッキリするぞ 女性の身をもってアメリカで3人目の、ノーベル賞受賞者にかの有名なパール・バックという人がいる。 小説「大地」の作家である。 彼女はアメリカで生れて3ヶ月目両親の職業の関係で中国に渡った。 だから彼女の記憶はアメリカではなく、揚子江のほとり、靖江府の家から始まる。 彼女は素晴しい母や母に救われた…
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よく合点出来たのが信心か

よく聞いてよく合点できたのが信心だと思っていますが、いかがなものでしょうか。 結論から申しますと合点と信心は全く別のものです。 理論と実際、演習と実戦のように異ったものです。 特に他力の真実信心は一切の合点や埋屈が粉砕された時でなければ獲得できません。 世間のことでも埋屈と実際は如何に食い違うか、異ったものであるかを例を…
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ああわが祖師親鸞聖人(聖人の獲信――吉水の禅房より)

親鸞聖人 この親鸞は山を捨て、無動寺の住職も捨てました。しかし親鸞は聞いても聞いても弥陀の一声が聞こえません。胸の中が晴れません。 聴聞の最中に女が心の中に現れ思ってはならぬことが思われ考えてはならぬことまで考えられて来るのてこさいます。 法然上人 親鸞よ形の上で捨てたつもりでは間にあわぬぞ、弥陀の一声がとどかねばためじゃ、晴れ…
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黒い心と暗い心・煩悩心と疑情

我々人間に黒い心と暗い心とがあるとお聞きしましたが、どんな心でありましょうか。 救われるとその心が、どのように変るのかも教えて下さい。 黒い心といいますのは仏教では衆生性得の機といわれている心で死ぬまで無くならない心です。 いわゆる煩悩心です。 なければないでほしいほしい、あればあるでまだほしいほしいと思う欲…
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無常の世界で不安をごまかしながら生きている?

火宅無常の世にありながら、その不安と矛盾をごまかして安易な座にすわりこもうとする私達に、その不安矛盾をごまかすことなく正視し、全く助かりようもない私達を真実の世界に目覚めさせる為に浄土真宗の法話に命をかけていらっしゃる親鸞会の先生の御姿に心の底から頭が下ります。 浄土真宗の法話を真剣に聴聞いたします。 何とぞ御体をくれぐれも大切に遊…
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無常の虎が後ろに迫っているのに何をもたもたしているのだ

 この度は尊い御法莚に遇わせて頂き誠に有難うございました。 また尊い御礼状まで頂き涙しております。 先生におまかせ致しますと言って聴聞させて頂きました浄土真宗の御法話。 私一人と聞かせて頂きました。 見聞知の阿弥陀さまはお見通しでした。 無常の虎が後ろに迫って居るのに何をモタモタしているのだ。 人の事ではないぞ、誰に何と言わ…
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心の底までお見ぬきでの御法話

この度は久々に御法話にあわせて頂きまして有難うございました。 愚かな私の心の底までお見ぬきで御法話下さる先生、 また青年部の方の体験談、身にしみて聴聞きせて頂きました。 誠に誠に有難うございました。 この上は一座一座が聞きおさめの覚悟で聴聞させて頂き、 勿体ないこの阿弥陀如来の御本願を家族一同に是非すすめられるよう 浄土真宗…
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親鸞会の浄土真宗の法話で阿弥陀仏に救われました。

私は阿弥陀如来に救われました。 こんな私を完全に助けて下さいました。 この時の慶びは何といったらよいでしょう、ただ感謝と懺悔しかありません。 ああうれしいなア、うれしいなア、私一人の阿弥陀仏であったと叫けばずにはおれません。 阿弥陀仏の本願まことであった。絶対助からぬ奴が助かったのです。  親鸞会の浄土真宗の法話に嘘は…
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妙好人からの手紙

妙好人の手紙である。 南無阿弥陀仏様 御師匠さまには御休息のいとまもなく御活躍の程がしのばれておいたわしゅ存じます。 南無阿弥陀仏と共に南無阿弥陀仏の御活躍、 説けども尽きぬこの六字の大功徳の広大さに暑さ位は吹きとんで 大満足の故に日夜衆生可愛いの心一杯で一切を憐愍下さっての日々、 いつもこの愚鈍な私にも味わわさせて…
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老骨に鞭打って滋賀会館完成

 滋賀県に会館が欲しい、親鸞会の先生のお話をゆっくり聞き聴聞できる会館が欲しい。 これは老いの私の終生の願いであり全滋賀親鸞学徒の願いでありました。  それが先生はじめ親鸞学徒の皆様の熱い御心いりで、 如来の後押しでいよいよ完成いたしました。 滋賀県の幹部の皆さん、親鸞学徒の皆さん、 そして全親鸞会の御一同様有難とうご…
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親鸞会の親睦旅行の様子

先生尊い御法の為に、いたらぬ私の為に御苦労をかけ申し訳けございません。 この度の親睦旅行に参加させて頂き尊い御縁を頂きました。 あの交通の激しいカーブの多い道を先生はいつも運転して滋賀県へおいで下され、 浄土真宗の法話にて一時間も休む時もなく真剣にお話し下さるのだと 先生の御恩と御苦労を身に感じ胸が一杯でございました。 …
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どうしても聞けないときは?

勤行の励行 最も深き宿善となる御縁は熱心な聞法にあることは判った。 しかしそれは聞法の機縁、浄土真宗の法話のある時のことである。 もし聴聞しようにも法縁がない時にはどうすればよいかまず常に仏に親近することである。 朝晩の勤行の励行、真剣な礼拝が大切である。 夜のねざめにも瞼に浮ぶ位に礼拝せよと常に励められている。 …
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信心決定 宿善まかせ 聴聞の方法

 これまで宿善とは後生を大事に思い仏法を尊く思う心、 即ち聞法心であるというところまで述べた。 次に問題となる処はいかに宿善が厚くなるように求めるかということである。 聴聞に極まる  どう聞けば良いのか、どれだけ聞いたら判るのかと今日もだめ、 根性玉も空っぽ、弁当ガラも空っぽ、地獄と聞いても驚ろかず、 極楽と…
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ほかに比べようのない新聞

親鸞会の先生には御尊体御健勝にて明け暮れ懸命なる御説法に御活躍遊ばされていること 深く感謝申し上げます。 七月の御法縁に参らせて頂き先生のきびしい 浄土真宗の御法話をお座を重ねて聴聞させて頂き 私のとんでもない心得ちがいの数々を知らされまして 心から悔いる思いが致します。 底知れぬ罪悪、はげしい無常の嵐今更の…
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浄土真宗親鸞会滋賀会館建設

親鸞学徒すでに熟知の如く浄土真宗親鸞会滋賀会館が建設された。 ここに改めてその全容を記し親鸞会聖使命達成の一大拠点となる同会館を明らかにする。 ここは祖師聖人ゆかりの地、 比叡の山のみもと眼下には鏡の如く波静かな琵琶の湖水をながめ、 背にはみどり濃き山々をひかえ東西交通の要地米原駅に程近い。 この絶景の地に建立される滋…
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浄土真宗で唯一発展し続ける親鸞会

降誕会は例により素晴しい盛会裡に修了した。 集まる者、東京に大阪に近県はいうに及ばず。 おかげでこの会館がせまいどうしてくれると盛り上る叫び声は次第に大きくなってきた。 座談会場という意味で建てたこの建て物は 大法会大集会をするには間に合わなくなってきた。 ここでどうしても大発展の下準備ということになり 親鸞会五ヶ年…
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