テーマ:信心決定

七慢

「一つとせ、必定地獄と聞きながら、ウヌボレ心にだまされて、堕つるこの機ということは、ホンニ今まで知らなんだ」という信心かぞえ歌があるが、このウヌボレ心は本当にやっかいなシロモノである。昔から「他人の事を言っている時はみな悪口、自分の事を言っている時は必ず自慢話」と言われるが一体どんなウヌボレ心を我々は持っているか、釈尊からお聞きしてみま…
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親鸞会で獲信の人大いに語る・歓喜の泉ここに沸く

 実りの秋に先立ち、今年は二人信心決定したという人があらわれている。蓮如上人も「真宗の繁盛と申すは、人の多く集まり威の大なることにてはなく候。一人なりとも人の信を取るが真宗の繁盛に候」(御一代記聞書)と仰言る通り、まさに「浄土真宗今盛んなり」である。  滋賀県湖北町の親鸞学徒は去る5月、人生究極の目的、信心決定を達成したという。親鸞聖…
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妙好人の詠んだ歌が葉書に書いてあった

 先日53才で信心決定された妙好人の方からはがきが届きました。そこには、花笠音頭の節で尊い次の阿弥陀如来の歌が書かれていました。一、俺の胸底ちょうと見やしゃんせ   弥陀の思案の願がある 二、弥陀を知ったその時からは   生死の苦界で娑婆遊び 三、弥陀よ喜べ六字の鈴が   胸に鳴る鳴る弥陀の声 四、弥陀のお慈悲を、     食てみ…
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富山県の妙好人・白蓮華

富山県城端町での浄土真宗の御法話で、そこの90歳のお婆さんは善知識にめぐりあって10年になる。34才の時、信心決定してより、真実の仏法を説く人を探し求めていたが84才の時ようやく善知識に出会って驚いたという。以来年ごとに浄土真宗の御法座を開いているという。この日も善知識にあったおばあさんは、喜び一杯であった。「昨年こそはちょうはい帰り(…
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浄土真宗の掟とは

蓮如上人が『御文章』に、しばしば「掟」ということを仰言っています。また『領解文』の最後にも「この上は定めおかせらるる御掟一期をかぎり守り申すべく候」と私達は誓約しておりますが、浄土真宗の「おきて」とは、如何なることでしょうか。 このような質問を非常によく頂きます。それだけ『御文章』に親しんでいられる人が多いということで誠に結構なことで…
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過去をふり返って

 阿弥陀仏は遠い遠い昔から何とかして私を救うてやろうと念じ続けておられます。 また善知識は「後生の一大事」をくる日もくる日も叫び続けて下さいます。 にもかかわらずこれまで虚しい過ぎ去ってしまっています。 ふり返ってみると後生の問題を軽くみて、欲望と怒りにひきずりまわされた顛倒の毎日でした。 そこに業の深さを感じ、無始よりの悪業の…
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人間性の回復とは(幸せとは何か)

「2020年は人間性回復の年である」と年頭に述べた会社の社長がかなり多かったと聞くが、果して本当に「人間性回復」の手立てができているのだろうか、言葉だけはあっても、その実、ないのではなかろうかと思うのである。  そんな折、正月元旦、テレビのモーニングショーで「幸せとは何か」というテーマで各界を代表する有識者が討論しておりました。人間性…
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信心をとりて礼にせよ

蓮如上人の真面目「無益の歳末の礼かな、歳末の礼には信心をとりて、礼にせよ」多勢の人が歳末のお礼に来た時蓮如上人が仰言ったお言葉である。  生涯、「信をとれ信をとれ」「一日も片時も早く、信心決定せよ」と叫びつづけられた蓮如上人の面目躍如としてあらわれているではないか。「信心をとる」とは阿弥陀如来の大願業力によって絶対の幸福になるというこ…
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