テーマ:蓮如

なぜ阿弥陀仏が本師本仏なのか

阿弥陀仏を本師本仏とか、本師法王といわれる理由は何でしょうか、お尋ね致します。 阿弥陀如来は光明無量、寿命無量、智慧と慈悲の如来であることは多くのお経に明らかですが、中でも、阿弥陀仏の勝徳は、光明智慧無量であることだと、親鸞聖人は讃嘆なされています。  それは、すでにブッダが出世本懐経たる『大無量寿経』に於て「阿弥陀如来の威神光明は…
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真剣な聴聞 からだにかけず心にかけよ

 聴聞にまさる宿善はないといわれる。 しかしただ浄土真宗の法話に連なってさえいればよいというものではない。 どのような心で聴聞すればよいのか我々の先覚は、 衣食忘れて聞けと端的に教えている。 服装に心をかけたり、食事のことに気がかかっているようでは真剣な聴聞とはいえない。  子供が学校からの帰途、交通事故にあって何々病院へ…
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蓮如上人の本光房了顕への説法

蓮如上人の時代、本光房了顕という教行信証を護った尊い妙好人がおられました。 その了顕が、蓮如上人の導きを受ける様子を描いてみましょう。 了顯 上人様——助けて下さい… この了顕は恋に破れ、親に死に別れ、一体何の為に生きているのかとさまよい、ここ一つ明らかに導びく方はおられないかと求めました。  そしてあなた様にめぐり遇い心底…
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学生の混乱

東大生といえば昔からエリート中のエリートとして自他共に認められてきた。そのエリートであるべき学生の昨今の混乱ぶりは一体どうしたことか。理由はともあれ、学生が自らの手で授業を放棄し、バリケード云々にいたってはすでにその方向を見失っている。東大生がそうであるからまして他の学生においておやである。角材にヘルメットは序ノ口、月光仮面よろしく覆面…
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弥陀をタノムとはどんなことか

『御文章』に蓮如上人が「弥陀をタノメ」とか「弥陀をタノム」とか、しきりと仰言っていますが、 やはり私達は阿弥陀如来に、どうか助けて下さいとお願いせねばならないのでしょうか、お教え下さいませ。 よく誤解される言葉です。 今日「タノム」とか「タノメとかいう言葉は「お願いする」とか 「求め願う」意味に使用せられていますので、 ど…
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大型化と真実化

この頃役所、会社などがやたらにデラックス化し大型化してきた。 昔は役場といえば、実直な係りが小型の窓からしょぼしょぼと村民の相手をしていたのに、この頃は、デーンとかまえた係官がどなりつけるようにものをいい、時間がくれば、市民が来ようがおかまいなしにピシャリ閉店。 役所だけかと思うと、お寺もデラックス化している。 それも変なとこ…
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称名正因の異安心とは

称名正因の異安心というのはどんなことを言うのでしょうか。  これは浄土真宗には非常に多い間違った安心の仕方です。 一口でいいますと、「念仏で助かるのだ。称名念仏さえ称えていたら助けて頂けるのだ」 とこれらの人達はしきりと称名念仏を勧めます。 又、これらの人々は 「信前であろうと自力であろうと、念仏さえ多く称えればその功徳に…
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浄土真宗の三通りの「ただ」

浄土真宗は、他力じゃただじゃと仰言るから苦労する必要はない。とみんな思っているが、ただに三通りあることを知らないのだ。ただじゃと聞かされて、ほとんどの者は「ただじゃそうな」と受け取ってゆくが、信心の幼稚園だということが判らないのだ。浄土真宗の人達は十中八・九まではこの程度のきき方しかしていないのが現状である。またこの程度の浄土真宗の法話…
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後生の一大事は年が行くほど近づくはず

降誕会の後日、ある人の曰く、 青年の弁論大会を聞いて 「これはおがしな事もあるもの、我々年寄りがより痛切に後生の一大事を考えねはならんのに 若い者が後生の一大事を声を大に叫んでいる。 ワシらはピンと来ん。本末転倒しているんではなかろうか」と。  正にその通り、蓮如上人も 「仏法は若き時に嗜め、年寄れば行歩も叶はず又ねむた…
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ハッキリしないのは救われていない証拠だ

信心決定  仏教とはブッダの説かれたものであるがブッダ一代の教えは阿弥陀仏の本願一つを説く為であった。 故に仏教を聞くということは阿弥陀如来の本願を聞くということである。 仏教を信ずるということは阿弥陀仏の本願を信ずるということである。 では阿弥陀仏の本願とは何か。 阿弥陀仏の約束、願いということであるが弥陀はどんな願いを…
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勇気ある聖人の悲叫

 国法が何か。 畢竟人間の造ったものではないか。 世間が何か。 愚にもつかぬ人間の寄合いではないか。 死にゆく人々の非難攻撃位で真実が曲げられようかと、 法然上人と共に真実を貫き通されたのは親鸞聖人ただ一人であった。 これを蓮如上人は『御文章』に 「されば浄土宗にはもろもろの雑行を許す。わが聖人は雑行をえらび給う」…
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親鸞会滋賀会館落慶を祝して

いよいよ全親鸞学徒待望の親鸞会滋賀会館が完成し、落慶式もとどこおりなく終了した。 親鸞学徒一同と共に喜びに耐えないところである。 これひとえに如来聖人の御冥助の賜物であることは勿論であるが、 本部長始め各支部長と全親鸞学徒の一致協力が実を結んだものである。 特に滋賀地元、三支部長聖地を報謝なされた田口、吉田会員、 並びにこ…
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親鸞会滋賀会館が完成!

滋賀県下、滋賀、浅井、彦根三支部会員熱望のうちに建設が進められていた滋賀会館は 如来聖人の御加護の下、親鸞学徒の見まもる中で完成した。  いよいよ我等同志の志願、破邪顕正の道場が完成しました。 思えば外には諸々の外道邪教が牙をならして大衆にせまり、 内には無帰命安心、十劫安心が平然と説かれ、 たまたま寺に人だかりと思えば、…
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信心決定 宿善まかせ 聴聞の方法

 これまで宿善とは後生を大事に思い仏法を尊く思う心、 即ち聞法心であるというところまで述べた。 次に問題となる処はいかに宿善が厚くなるように求めるかということである。 聴聞に極まる  どう聞けば良いのか、どれだけ聞いたら判るのかと今日もだめ、 根性玉も空っぽ、弁当ガラも空っぽ、地獄と聞いても驚ろかず、 極楽と…
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過去世の宿業

 宿善とは宿世の善業ということである。 これは過去世における阿弥陀仏との因縁をいい、過去世に阿弥陀仏より一度は信ぜしめ、助けるとの御念力で結ばれた尊い仏縁をいい、 過去世に阿弥陀如来より一度は信ぜしめ助けるとの御念力で結ばれた尊い仏縁をいう。 親鸞聖人が『教行信証』の始めに 「遇行信を獲ば遠く宿縁を慶べ」 と感泣されたのがそれ…
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信心決定は宿善まかせ

蓮如上人は御文章4帖目15通の最後にこう書かれています。 「あわれあわれ存命のうちにみなみな信心決定あれかしと朝夕おもいはんべり、 まことに宿善まかせとはいいながら述懐の心、 しばらくもやむことなし」 これは蓮如上人の御遺言である。 信心決定するには宿善まかせとまで断言なされている。 以下宿善について明らかにしょう。 …
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浄土真宗再起の親鸞会

先生、何時も尊い御信書頂き本当に有難うございます。 この間は六日間続けての浄土真宗の御法座に遇わせて頂きまして 先生の御信徳の深さは想像を絶するものだと知らされ 阿弥陀如来今現在説法なされていますことをひしひしと身に感じられました。 帰ろう帰ろうと思いながら、別院の人には申し訳けないと思いながら、 とうとう最後まで聞か…
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死なない赤ん坊

おーかわいい赤子じゃ、だがこの子も死ぬんじゃがのう まあーッ、縁起でもないことおっしゃらないで!! あの人ったらこの子も死ぬなんていやなことを云うのよ! いやあ~それは間違いないよ あら、あなたまでそんな縁起でもない、 この子は絶対に死ぬような子ではありません、 こんなに太って元気ですもの ヘエー、そう…
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社説 信心と念仏について

先日富山のある同行が 「浄土真宗ではよく信心が往生因だと聞いていますが もしそうだとしたら信心さえあれば念仏は どうでもよいと云うことになりませんか?」 と尋ねた方があったが、 なるほど浄土真宗に於ては往生の正因は唯信心にあり と教えてあります。 しかしここで大切なことは この信心と言うことであります。 …
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社説:まず朝晩のおつとめを励行しよう

「あわれあわれ、存命のうちに、みなみな信心決定あれかしと朝夕思いはんべり。 まことに宿善まかせとはいいながら述懐の心しばらくも止むことなし」  蓮如上人の御遺言である。 信心決定することは宿善まかせとまで断言なされている。 宿善というのは過去世の仏縁のことであるが、 過去に仏縁浅き者は現在に於て真剣に宿善は求められねば…
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社説もっと我我は教学の重要性を認識しよう

浄土真宗の道俗の多くは、一文不知の尼入道にドン坐り、 一向に教学を教えようともしないし、 また勉強しようともしない。 それどころか、学問と信心とは全然別で、 学問すると信心がおろそかになったり、 聞法求信の邪魔になるようにさえ考えている者が多いが、 とんでもない誤りである。 だから聞法しても忘れるのを手柄のように吹…
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大宇宙の財宝がみな自分のものになった

わずか百万円や二百万円の金を持っていてさえ満更でもないのに 大宇宙の財宝がみな自分の思うままに出来るようになるのだから 痛快ではないか。 そんなことは本当か。 「五濁悪世の有情の  選択本願信ずれば、  不可称、不可説、不可思議の  功徳は行者の身にみてり」 (親鸞聖人) 「弥陀をタノメば南無阿弥陀仏の主になる…
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信心を頂けばこの世も未来も最高の長者になれるのだ

浄土真宗の親鸞聖人は、 「南無阿弥陀仏を称うれば、  この世の利益きわもなし、  流転輪廻の罪消えて、  定業中天のごぞこりぬ」(和讃) と教えられている。 『教行信証』には、金剛の信心を獲得する者は  至徳具足の大利益に生かされると仰言っている。 至徳とは宇宙最高の功徳ということで、 南無阿弥…
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心配

「お母さんの体の具合はどう?」 「それがねエーまだ快くならないのよ。  私の母はとかく心配性だからそれが一番の原因だと思うの」 「それじゃ後生が心配になったのね?」 「後生って死後の世界でしょ。  そうならいいのだけれどいくら心配性でも  後生だけは、少しも心配にならないのよ」 「冬来たりなば、春とおからじ」 朝の来…
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信心獲得の焦点の一点に集中せよ

蓮如上人の御文五帖十三通目に 「それ南無阿弥陀仏とまうす文字は、そのかずわずかに六字なれば、 さのみ功能のあるべきともおばえざるにこの六字の名号のうちには 無上甚深の功徳利益の広大なることさらにそのきわまりなきものなり、 されば信心をとるというもこの六字のうちにこもれりと知るべし、 さらに別に信心とて六字のほかには、あるべから…
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阿弥陀仏を信ずる者には この世の利益きわもなし 親鸞聖人は言明なされた

 浄土真宗の多くの人々は、この世はどうにもなれぬ、 死んだらお助けと思っている者が多いから 現世で受ける大利益を説きあかすのを異安心だと攻撃したり、 このことにふれたがらない者が多いが救われていない証拠だ。 親鸞聖人は「教行信証」には現生の利益十種をあげられ、 「浄土和讃」には十五首も現世の大利益を讃嘆なされているでは…
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なぜ釈尊は浄土へはゆき易くして人なしと仰言ったのか

ブッダは『大無量寿経(無量寿経)』に 「易往而無人」と説かれている。 ゆきやすけれども人なしということだが勿論弥陀の浄土へである。 何か矛盾したお言葉のように思える。 ゆき易いところならば多くの人が行っておらなければならず、 行っている者が無いとすれば、ゆき易いとはいえないからである。 これに就て蓮如上人は 「この…
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西本願寺と東本願寺の違い

同じ親鸞聖人や蓮如上人のみ教を聞信する浄土真宗が どうして西じゃ東じゃと分れて、ことごとくいがみあっているように思われますが どうした訳でしょうか、お尋ねします。 あなたのような不審は真宗の人々の中にはたくさんあると思われますので詳しく説明致しましょう。  東西両本願寺に分裂した原因を明らかにするには石山戦争までさかのぼ…
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宝もの

 先日、東京のド真中の土を堀っていたら 大判小判がザックザックと出てきたという 今様ここ堀れワンワンの話がありました。 天保小判が千九百枚、 天保二朱金が約五万九千枚、 時価にして四千九百万円だそうです。 思わぬところから宝ものが出るものです。 金脈はどこにでも縦横に走っているということです。 こんな話をきくと、…
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生命は死から生れる

悩み!! 悩みがなかったら人は本当の自分にはかえれない。 平穏無事だと言う。 だから何物も生まれないのだ!! どんな生命でもみな腹を破って出て来るのだ。 麦が地に落ち己の腹を裂いて新しい生命を産むように、 尊い生命は常に死から誕生する。 清らかな蓮華の花が泥沼の中に咲くように、 そして、彼の念仏の花が地獄一定の底…
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