テーマ:地獄

阿弥陀如来の保険

忙しい世相を反映してか、続々立ちならぶ生命保険会社。たとえ災害に遭おうが、残された家族の為にと言葉巧みに勧誘にくる。保険屋はもし最悪の事態になっても保険に入っておれば、じたばたしなくてもよいというが、それは金の上の事だけ…しかし、いざ入る段になると、第一回目の掛金後すぐ実効となる有審査(健康診断)のものが目につく。身辺には危険が多いから…
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最悪の環境問題

「天高く馬肥ゆる秋」 デパートへゆかなければ昆虫採集?ができない現代っ子にとっては縁遠く、 一昔前の人間にとっては何か郷愁をおぼえるこの言葉、ひからびた人心からか、遠い過去のものとなった感がある。  スモッグが低くたれ込み、すさまじい騒音と車の洪水、空から海まで公害に占拠されそうな現在、かってはなかった怒りがこみあげてくる。 …
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仏教は何のためにあるのか

本願寺の責任といえばそれまでであるが、仏教を誤解して葬儀などの死人のものとしている者が世間には余りにも多い。 だから私は仏法をことさら求めなくてもよい。人よりは真面目な生活を送っているし、誰とも仲良く、ケンカ争いもしない、又家庭も円満におさまっているからたとえ死んでもそんな悪いところへは行かんだろうという人をよくみかける。  しかし法…
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親鸞聖人と柴田勝家

まことの厳しさと私情の恐ろしさ親鸞聖人は、真実の為には吾子をも勘当 建長8年5月29日、84才の親鸞聖人が、遠く関東に布教していた吾子善鸞に義絶状を送り「あさましさ、申すかぎりなければ、いまは親ということあるべからず。子と思うこと、おもいきりたり。かなしきことなり」と親子の縁をキッパリと断ち切っておられる。  善鸞が、「わしは父、親…
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信心をとりて礼にせよ

蓮如上人の真面目「無益の歳末の礼かな、歳末の礼には信心をとりて、礼にせよ」多勢の人が歳末のお礼に来た時蓮如上人が仰言ったお言葉である。  生涯、「信をとれ信をとれ」「一日も片時も早く、信心決定せよ」と叫びつづけられた蓮如上人の面目躍如としてあらわれているではないか。「信心をとる」とは阿弥陀如来の大願業力によって絶対の幸福になるというこ…
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浄土真宗に多い我利我利亡者

浄土真宗には自分さえ助かればそれでよい。 他人のことなんか、かまっておれないという我利々々亡者が多い。 これは、蓮如上人の「他宗他門の人に沙汰するな」とか 「内心に仏法をたくわえて外面にあらわすな」とかのお言葉を誤解してのことかも知れぬが大変な仏教の聞きあやまりである。  ある人が地獄と極楽はどこが違うのだろうかと比較する為…
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