テーマ:僧侶

本願寺VS親鸞会

「親鸞会は異安心だ」の西本願寺の僧侶の一言に端を発して、法論が行われている。 回を重ねる度に邪義が露呈、論点が信心の核心にふれるだけにこの法論は浄土真宗の歴史的な一大法戦となり、 長期化の様相を呈してきた。 本願寺VS親鸞会 浄土真宗ニュースではこれを大きく取りあげ、細大もらさず顛末を発表、世に問うこととなった。 幾多の法…
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凡夫には軽そうに見えたが根の深い大問題の頻発に思う

末法濁世を截る 今世の中では布教使と西本願寺輔教、布教使との法論で鎬を削っている。否既に完膚なきまでに破邪し尽した状態である。 しかしこれはただに藤田明男個人の問題ではなく、全人類の大問題であることは言を俟たないのである。 その上、本願寺末寺明徳寺住職の布教妨害事件が惹起し、いよいよ親鸞学徒の立つ秋が来たようである。 これらの事に関し…
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早いもの5つ

・質屋のノレンをくぐる奥さんの足 ・短気な亭主の握りこぶし ・タレントの離婚 ・物価の上昇 ・お布施の少い時の僧侶の読経 ・凡夫が阿弥陀仏に救われる一念
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無条件の救い?

浄土真宗の法話にて 浄土真宗の僧侶「ただじゃ、無条件じゃ、阿弥陀仏はそのまま助けて下されるのじゃ」 同行「そんならおさい銭出さんでもよいのですか」 僧侶「いや、それは困る」 同行「無条件なのにどうして?」
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坊主と僧侶・親鸞聖人は僧侶ではない?

今日仏教の僧侶はどの宗派でも坊主と言われることを大変嫌っています。 思うに坊主と呼ばれることに名状しがたい屈辱感を覚えるからでしょう。 坊主はよいとしても坊主にかぶせる冠詞が悪いからです。 糞坊主、生臭坊主、馬鹿坊主、嘘坊主、乞食坊主、盗人坊主、我利我利坊主、ぼこぼこ坊主、三日坊主、坊主丸儲けなど、何でもかんでも悪いことのありった…
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浄土真宗の祖師・親鸞聖人の流刑の真因とは

 浄土真宗の祖師、親鸞聖人は35才の時、住みなれた京都から追放され、越後(今の新潟県の直江津)へ罪人として流刑になったことは周知の事実である。そうであれば、その理由は何んであったのであろうか。親鸞聖人がどんな悪事をなされた結果なのであろうか。流刑という極刑にあわれた真の原因は何か。親鸞聖人の御教えを絶対不二の妙法と尊崇し聴聞する我々にと…
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浄土真宗の僧侶が原理研究会に寺を貸す

 このところ、浄土真宗に対する非難攻撃、風当りは強いがついでにもう一つ。 最近或る寺がこともあろうに外道も外道、キリスト教に根をもつ新興宗教「統一原理研究会」に寺を貸したということが明らかになった。あいた口がふさがらないとはこのことをいうのか、金にさえなれば何でもするといった変節ぶりは乞食にも劣るあさましい行為ではないか。これでは落目と…
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破邪の種はあちこちにある

先日葬式が終り、故人の知人が数名集って、今はなき人の為に僧侶を呼んで一巻の読経を願った。 切断された観無量寿経(僧侶は新観経と呼んでいる)を読経し終って僧侶は一言説教に及んだ。一応浄土真宗の法話である。 その大要は「本願寺の仰せには、本日ここに有縁の人々集って、なき故人今は安養浄土の仏のみ霊をこの場所へ呼んで、みなみな御仏の大慈大悲…
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