テーマ:他力

疑いは一生晴れないのではないのか(2つの疑い)

先生の仰せの内「他力信心の大自覚」ということが強調されていますが、この自覚は「何によりて生ずるか」「如何すれば自覚し得るか」の二点です。 私の今までの聴聞によれば、人間は一生涯、疑いを離れる事はできない。法然上人は「疑い惑わしきは凡夫の常なり」親鸞聖人は「うちまかせて凡夫のありさまに変りあるべからず」蓮如上人は「女人の身は如何に真実心…
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知られざる親鸞聖人の実像

 親鸞聖人の実像は常に隠され、聖人のみ教は常にネジ曲げられて来た。 本当の親鸞聖人の教法を開顕し全人類救済の大使命に向かって親鸞学徒は猛進している。 大衆の誤解 世間の大衆は親鸞聖人を柔和な優しい所謂、円満な人格者だと信じ込んでいる。しかしそれは、聖人の全像ではない。聖人ほど、気性のはげしい、きかん根性の強い方はなかった。 聖人の肖像…
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浄土真宗の三通りの「ただ」

浄土真宗は、他力じゃただじゃと仰言るから苦労する必要はない。とみんな思っているが、ただに三通りあることを知らないのだ。ただじゃと聞かされて、ほとんどの者は「ただじゃそうな」と受け取ってゆくが、信心の幼稚園だということが判らないのだ。浄土真宗の人達は十中八・九まではこの程度のきき方しかしていないのが現状である。またこの程度の浄土真宗の法話…
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