テーマ:阿弥陀如来

よく合点出来たのが信心か

よく聞いてよく合点できたのが信心だと思っていますが、いかがなものでしょうか。 結論から申しますと合点と信心は全く別のものです。 理論と実際、演習と実戦のように異ったものです。 特に他力の真実信心は一切の合点や埋屈が粉砕された時でなければ獲得できません。 世間のことでも埋屈と実際は如何に食い違うか、異ったものであるかを例を…
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黒い心と暗い心・煩悩心と疑情

我々人間に黒い心と暗い心とがあるとお聞きしましたが、どんな心でありましょうか。 救われるとその心が、どのように変るのかも教えて下さい。 黒い心といいますのは仏教では衆生性得の機といわれている心で死ぬまで無くならない心です。 いわゆる煩悩心です。 なければないでほしいほしい、あればあるでまだほしいほしいと思う欲…
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真の仏法を聞けばどうなるのか

 ブッダは御臨終に仏の教えは法鏡だと喝破なされた。 法鏡とは真実の鏡ということである。 鏡の前に立てば自己の姿が見えるように、 仏法を聞けば真実の自己が照らし出されるのは当然だ。 何年聞いても真実の自己が判らねば鏡の前で眼をつむっている馬鹿と同じで仏法聞いたことにはならぬ。 真実のかけらもない自己が知らされる  聞け…
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泣いても笑っても真実の道は一本きりだ

阿弥陀如来一仏に向え ブッダは何を教えたか 古来の日本仏教徒達は自己の保身の為に、 ブッダが徹底的に排斥せられた神を本地垂述の仏説とねじ曲げて 神も仏も同じだといって神仏一体という邪説をデッチあげた。 そして仏教をして全くの外道化させ、あまねく世間に流布させたのであるが、 これ正しく正法の怨敵であり堕獄の悪魔である。 …
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無常の虎が後ろに迫っているのに何をもたもたしているのだ

 この度は尊い御法莚に遇わせて頂き誠に有難うございました。 また尊い御礼状まで頂き涙しております。 先生におまかせ致しますと言って聴聞させて頂きました浄土真宗の御法話。 私一人と聞かせて頂きました。 見聞知の阿弥陀さまはお見通しでした。 無常の虎が後ろに迫って居るのに何をモタモタしているのだ。 人の事ではないぞ、誰に何と言わ…
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心の底までお見ぬきでの御法話

この度は久々に御法話にあわせて頂きまして有難うございました。 愚かな私の心の底までお見ぬきで御法話下さる先生、 また青年部の方の体験談、身にしみて聴聞きせて頂きました。 誠に誠に有難うございました。 この上は一座一座が聞きおさめの覚悟で聴聞させて頂き、 勿体ないこの阿弥陀如来の御本願を家族一同に是非すすめられるよう 浄土真宗…
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絶対の幸福になった人のお見舞い状

絶対の幸福まで導いてくだされた先生が 病にたおれられたときのお見舞い状である。 御師匠様、旧夜連続の御化導が一時に疲れと成って身におそいかかり、 お休みとの事承り、衆生かわいいの先生のお心の内、 説いて下される、呼び続けて下される阿弥陀如来のお心の内、 寝てもさめても南無阿弥陀仏とはいえ、浄土真宗の法話で その六字の…
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救われた教学の歓喜と懺悔

先生過日は嬉しい嬉しい御法筵に遇わせて頂き、その上本当に久し振りにお話させて頂き有難うございました。 悪業つきぬ身は皆様の御親切に甘えてお参りさせて頂けるのでございます。 身の業報に倍加する法味、限りない現世の利益勿体なく感得させられます。 庄松同行の 「俺の胸にこたえん」 と同じく私もこたえん説教は世間話程も興味がなく、 …
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親鸞会の方々の尊い体験のお言葉

 なつかしき先生、しばらくでした。 毎月浄土真宗の法話を通して先生始め親鸞会の方々の尊い体験のお言葉、 法味を頂くことに甘んじて横着になっている私唯お恥ずかしいよりありません。 阿弥陀如来の一念の信を話しますと ほとんどの人が機に合わないものだから 話に乗らないで説く人も一念ぬきで寺参りしている人は全部 後念の者ばか…
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信心決定させて頂きました

私は、この度信心決定させて頂きました。 いつもいつも親鸞会の先生から浄土真宗の法話で 弥陀の本願のおいわれをよく分かるようにお聞かせ下されて、 この喜びはなんとも言いようがありません。 私はやがて2年前から、私の信心が間違っていたことに気がついて それからというものは、どうあっても真実の信心頂く身になりたいなりたいと いつも…
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浄土真宗再起の親鸞会

先生、何時も尊い御信書頂き本当に有難うございます。 この間は六日間続けての浄土真宗の御法座に遇わせて頂きまして 先生の御信徳の深さは想像を絶するものだと知らされ 阿弥陀如来今現在説法なされていますことをひしひしと身に感じられました。 帰ろう帰ろうと思いながら、別院の人には申し訳けないと思いながら、 とうとう最後まで聞か…
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獲信こそが私の道 おじいちゃんありがとう

遇い難き仏教に遇わせて頂いてから一年半、 私はおじいちゃんの臨終に値い、 死の間際の信心決定をみて 今私が求め歩いている道が真実、 絶対間違いのない道だということが知らされました。 おじいちゃんは去年の一月、84才の生涯を閉じ明るい未来へ旅立ちました。 若い時から後生を念じ、自他共に極楽参り間違いないと思っていたおじ…
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どんな時に信心徹到するのか

 人間の心は薄情なものです。 何かめでたいことがあったり、成功でもした時は猫も杓子もたよって来ますが、 その反対に事業に失敗したり、不名誉なことでもおきると切っても切れない間柄でも、 よりつこうともしないのが人間の有様です。 だからめでたいとか、嬉しいとか有難いとかいっているような 浮き浮きしている時には真実の仏心は判…
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